元うつ病のリアルな経験談!その原因と自力の治し方とは・・

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2019年、現在のうつ病患者数はなんと3億人を上回り、そのなかでうつ病から年間80万人が自殺しているともいわれています。

今回は、わたしが実際にうつ病になった時のことを振り返り、うつ病になった原因やその時に感じたこと、どのように回復していったかなどを完全個人的な意見として紹介していきたいと思います。

うつ病にかんして専門的な知識などはありませんので、参考程度にしていただきたいと思います。今、うつ病で悩んでいる方の少しでもお役に立てればなとおもいます。

結論から言いますと、「うつ病は必ず治りますよ」

まさか自分が?うつ病になった原因とは

今から思えばうつ病になるもっと前に、私のまわりにはうつ病の人たちが何人かいました。その時のわたしは「うつ病」というものの存在は知っていたものの、実際にどのような症状なのかまでは把握していませんでした。

その時にうつ病になっている人たちに思っていたことは、「うつ病なんて精神的に弱い人がなる病気なんだから、自分の甘さや気合の足りなさが原因なんだ「うつ病とはいうけれど、単純に怠け病だ」とまったくの見当違いの見方をしてしまっていました。

その時に私を信じて、SOSを発信してくれていた人たちには本当に申し訳ない思いでいっぱいです。

今思うと、うつ病になった人にしかその気持ちは分からない複雑な病気なんだと今は思えます。。

うつ病になった原因はストレス?!

私は当時、健康的にはなんの問題もない27歳の男性でした。結婚はしていましたが、こどもはおらず夫婦2人暮らしでした。

私は昔から凄く自信家で行動力にもあふれているいわゆるガッツのあるほうの人間でした。自分でいうのもなんですが、仕事もできるほうでリーダーシップをとるような存在でもありました。

そのときは、都内のレストランに社員として働いていました。15歳のときから料理の仕事についていたのもあって調理場をまかされるポジションにいました。

お店はとにかく忙しくて朝から晩までほとんど休憩がなくて、一息つくのはご飯を食べるときくらいでした。

忙しいのは、若いときから慣れていたので身体的には疲れますが、あまり問題はありませんでした。しかし一番の苦痛だったのは思い返せば「人間関係」だったように思います。

そのレストランは40代夫婦が経営をしており、嫁がホール責任者で旦那のほうが調理場の責任者という経営スタイルでした。

とにかく夫婦そろってヒステリックな性格で、夫婦喧嘩の八つ当たりは当たり前のようにこちらに飛んでくるし、自分の失敗を下のものに押し付けるような感じの夫婦でした。

それに対してよく口論にもなりましたが、改善されることはなく、そのヒステリックな常識をこえた罵声や考え方に今まで味わったことのないようなストレスを感じるようになりました。

失礼ながらその夫婦には、仕事のスキル自体も尊敬できるところはなく今から思えばさっさと辞めておけばよかった職場だったと後悔します。しかしその頃は、辞めることがなんか「自分に負けた気がする」ような気がして踏ん張っていた状態が続いたのです。

唯一の救いは、相場をこえる給料の金額でした。とはいえ壮絶なストレスは毎日毎日わが身に降り注ぎ、気が付けば3年の月日が過ぎようとしていました。

その3年間の間に猛スピードでストレスが溜まっていき、次第にコップのなかの水が溢れ始めるのです。

結論をいうとその職場はやめることになるのですが、「将来のためにお金をためること」「辞めることは自分に負けること」の理由から我慢我慢の生活がしだいに、自分の身体に影響が出始めるようになったのです。

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私が感じたうつ病の症状とは

その職場にいた3年間の後半くらいから、ストレスが限界に達したのだと思いますが、日々の仕事のなかで、頭の回転が急激に遅くなり始めたのです。

今までなら、瞬間的に判断できることもパッとは出てこずにしばらく考え込んでしまったり、間違った判断や後輩の指示をするようになります。

とにかく頭の回転が以前よりもはるかに衰え始めていきました。その状態をその夫婦が許すわけもなく、私に対する罵声・ののしりがエスカレートするのでした。

自分の能力が衰えつづける毎日に、しだいに考え方も変わっていき「自分は能力がない人間なんだ」「存在価値がない人間かもしれない」ということを考え始めるのです。

当然、仕事もおろそかになりはじめ、自分を責めるようになっていきました。他人のいうことがすべて自分の悪口に思えたり、周りの人間はみんな自分のことを嫌っているというふうに感じていくのでした。

睡眠もあまりとれなくなり、食欲も以前よりはなくなってしまいました。休みの日でもなにもする気が起きなくなり、なにより一番きつかったのが「自分がきらい」になってしまっていたことでした。

私のうつ病の治し方とは

そんな生活のなか、私の奥さんにはとてもお世話になり感謝しています。そんなわたしの状態を気遣い、とくに言葉などはかけずに元気がでる音楽を紹介してくれたり、わざと家では明るく振舞ったりと「愛」を感じました。

ちなみに、今でも聞いている当時に教えてもらった音楽は、leccaの「my measure」とサンボマスターの「できっこないをやらなくちゃ」です。いまでも聞くと当時のことを思い出して涙が出てきます。

そんな奥さんの期待にも答えたく、このままじゃダメになると心療内科での受診を決めました。結果は当然の「うつ病」と判断され、自分がうつ病であるとみとめて治療に専念することに決めるのでした。

認めるとなぜか、精神的にもとても楽になり自分の目標が「病気を治すこと」と割り切れ、すんなりと会社を辞めることができました。へんなプライドも無くなったようでした。

仕事をやめてすぐは、「仕事もしていない自分なんて存在価値はない」と思って情けなく思えていましたが、奥さんの愛情や病気なんだと思うことで治療に専念できました。

治療とは、抗うつ剤をのんだり、生活環境を変える、十分な睡眠をとるというようなことでした。無気力な生活が半年くらい続き次第に活気が出始めていることに気づき始めるのです。

始めは、アルバイトからはじめて社会に徐々になれていくといった感じでした。いまでは将来の夢に向かって充実した生活を送れています。

私がうつ病にかんして思うことは、うつ病は単なる怠け病ではなく完全な病気なのです。自分が病気であると認めてその治療に専念することが大事なのです。

うつ病はどんなに心の強い人でもなりうる病気です。もはやガッツのある人がなる「頑張り病」といってもいいくらいですね。

なにも恥じることはありません、病気は治せばいいだけです。私もうつ病になって出遅れたなんて思っていません、その経験をしたことにより人の気持ちを深く考えることができるようになったり、今までは考えもしなかったような広い考え方ができるようなりました。

長い人生、たまには休息の時間も必要なのです。日ごろ頑張っているあなたにエールを送りたいです。

うつ病になってしまった時、こう考えてください。

神様がくれた休暇なのだと。。

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